
メキシコ料理の歴史:アステカから現代まで
トウモロコシの栽培化から植民地時代の融合、ユネスコ無形文化遺産、世界が注目する現代のシェフまで。数千年にわたるメキシコ料理の歩みをたどります。
数千年にわたる食の伝統
メキシコ料理は、世界でもっとも古く、もっとも奥深い料理のひとつです。その歴史は、トウモロコシの栽培化から数えて約9000年。2010年には、伝統的なメキシコ料理がユネスコの無形文化遺産に登録されました。この記事では、世界有数の豊かな食文化をかたちづくってきた重要な時代を順にたどっていきます。
先スペイン期(紀元前7000年ごろ〜1519年)
すべてはトウモロコシから始まります。メソアメリカ(メキシコから中央アメリカにかけての文化圏)の人々は、テオシンテ(teosinte)という野生のイネ科植物を少しずつ改良し、今日のトウモロコシへと育てていきました。何千年にもわたるこの選抜の積み重ねは、人類の農業史に残る偉業のひとつです。
紀元前1500年ごろまでには、ニシュタマリゼーション(アルカリ処理)がすでに行われていたと考えられています。トウモロコシを消石灰(水酸化カルシウム)を加えた水で煮るこの技術によって、トウモロコシはメソアメリカのあらゆる文明の主食となりました。トウモロコシ、豆、カボチャの「三姉妹」と呼ばれる組み合わせは、栄養のバランスがよく、持続可能な食生活を支えていました。
この三つ以外にも、メソアメリカの人々は、今では世界中で当たり前に食べられている多くの食材を育てていました。トマト、アボカド、カボチャ、何十種類もの唐辛子、バニラ、カカオ、ピーナッツ、アマランサス、チアシード、パパイヤ、グアバ、サポテなどです。メソアメリカの食材の多様さは、同じ時代の旧世界の文明と比べても際立ったものでした。
オルメカ文明(紀元前1500年〜紀元前400年ごろ)
メソアメリカの「母なる文明」とも呼ばれるオルメカは、カカオを体系的に栽培した最初期の人々のひとつと考えられています。サン・ロレンソ(San Lorenzo)やラ・ベンタ(La Venta)の遺跡からは、儀式用の飲み物にカカオを使っていた可能性を示す痕跡が見つかっています。トウモロコシ栽培の発展や、地域間で食材を交換する交易路の形成にも関わったとされています。
マヤ文明(紀元前2000年ごろ〜1500年ごろ)
マヤの人々は、洗練された食文化を築きました。チョコレートの原料であるカカオの栽培、さまざまな唐辛子の活用、針のないミツバチ(ハリナシバチ)によるはちみつづくり、燻製や塩漬けといった保存技術などです。カカオはとても貴重で、通貨としても使われていました。宴では、シカ肉や鳥肉、魚を詰めたタマレス(tamales)に、アトーレ(atole)やカカオの飲み物が添えられていたといわれます。
マヤの人々は段々畑や灌漑の技術も発達させ、熱帯の森で豊かに食料を生み出しました。食用や薬用の植物に関する知識はたいへん豊富で、今のユカタン料理に使われるハーブやスパイスの多くは、マヤの習慣にルーツがあります。
メシカ(アステカ)(1325年〜1521年)
アステカ帝国は、メソアメリカの料理を新たな高みへと押し上げました。首都テノチティトラン(Tenochtitlan)は現在のメキシコシティにあたる場所で、そこにはスペインの征服者たちを驚かせた巨大な市場がありました。征服に加わったベルナル・ディアス・デル・カスティージョ(Bernal Díaz del Castillo)は、トラテロルコ(Tlatelolco)の市場を、当時のヨーロッパのどの市場よりも大きく、品数も豊富だったと書き残しています。
アステカの人々の食卓は多彩でした。トルティーヤ、タマレス、アトーレ、豆、カボチャ、唐辛子、トマト、アボカド、ノパル(食用サボテン)、昆虫(チャプリネス(chapulines/バッタ)、エスカモーレス(escamoles/アリの幼虫・蛹)、リュウゼツランにつく幼虫など)、湖の魚、七面鳥、犬(ショロイツクインツレ(xoloitzcuintle))、シカ、ウサギなどです。チョコレート(ショコラトル(xocolatl))は、カカオ、水、唐辛子、スパイスで作る神聖な飲み物で、貴族や戦士だけに許されていました。
テスココ湖に浮かぶ畑として知られるチナンパ(chinampa)は、集約的な農業を可能にし、20万人以上ともいわれる都市の人口を支えました。チナンパはメキシコシティ南部のソチミルコ(Xochimilco)で今も使われており、先スペイン期の農業技術を伝える生きた証となっています。
征服と食の融合(1519年〜1600年ごろ)
1519年のスペイン人の到来は、メキシコの料理を根本から変えました。征服者たちは旧世界の食材を持ち込みました。小麦、米、豚、牛、鶏、乳、チーズ、玉ねぎ、にんにく、シナモン、砂糖、オリーブオイル、ワインなどです。一方、メキシコは世界の食を変える食材を送り出しました。トマト、チョコレート、トウモロコシ、バニラ、唐辛子、アボカド、カボチャ、豆、ピーナッツ、パパイヤ、七面鳥などです。
こうして、かつてない規模の食の融合が生まれました。植民地時代の修道院は料理の実験室となり、修道女たちはヨーロッパの食材と先スペイン期の技法を組み合わせていきました。そこから生まれたのが、メキシコの唐辛子にヨーロッパのスパイスとメソアメリカのチョコレートを合わせたモレ・ポブラノ(mole poblano)や、ポブラノ唐辛子にクルミのソースをかけたチレス・エン・ノガダ(chiles en nogada)、そして数多くの修道院菓子です。
この融合は、ヨーロッパの食文化にも永続的な影響を与えました。今やイタリア料理やスペイン料理に欠かせないトマトは、メキシコから渡ったものです。チョコレートはヨーロッパの菓子づくりを一変させ、唐辛子はアジア、アフリカ、東ヨーロッパの料理を変えました。日本の食卓に並ぶ唐辛子やトマトも、たどればこの大きな交流につながっています。交流は双方向で、その影響は今も世界中の台所に息づいています。
植民地時代(1600年〜1821年)
スペインによる約300年の統治のあいだに、メキシコ料理はスペインのものでも先住民のものでもない、まさに混ざり合った独自の伝統として定着しました。地方ごとの料理も大きく多様化していきます。
- オアハカ:伝統的な「7つのモレ」が磨かれ、たいへん奥深い食文化が育ちました。リュウゼツランから造る蒸留酒、メスカルの生産も始まりました。
- プエブラ:修道院の影響から、モレ・ポブラノやチレス・エン・ノガダといった華やかな料理が生まれ、国内屈指の美食の都となりました。
- ユカタン:マヤの料理にスペインやカリブ海の影響が加わり、後の時代にはレバノン系移民の影響も重なりました。コチニータ・ピビル(cochinita pibil)、パパドゥスレス(papadzules)、ソパ・デ・リマ(sopa de lima)などが知られています。
- 北部:スペインから伝わった牧畜をもとに、カルネ・アサダ(carne asada/焼き肉)の文化や、ブリトー、フラワートルティーヤ(小麦粉のトルティーヤ)が生まれました。
- ベラクルス:アフリカ(奴隷として連れてこられた人々による)とカリブ海の影響が、ワチナンゴ・ア・ラ・ベラクルサナ(huachinango a la veracruzana/フエダイのベラクルス風)などに代表される独特の沿岸料理を生みました。
独立と国民料理の誕生(1821年〜1910年)
独立後、メキシコ料理は国のアイデンティティを象徴する存在になりました。19世紀には、マクシミリアン皇帝による短い帝政期などを通じてフランスの影響が上流階級の料理に入り、菓子づくりの技法、洗練されたソース、カフェ文化が広まりました。それでも庶民の料理は、メソアメリカと植民地時代のルーツを守り続けました。
19世紀末から20世紀初めにかけてのレバノン系移民も、メキシコ料理に深い足跡を残しました。今やメキシコを代表する料理のひとつであるタコス・アル・パストール(tacos al pastor)は、レバノンのシャワルマを、メキシコの唐辛子とパイナップルでアレンジしたものです。外から来た影響を取り込み、すっかり自分たちのものに変えてしまう。メキシコ料理らしさがよく表れた例です。
20世紀:革命と近代化
メキシコ革命(1910〜1920年)は、メキシコ料理を国民全体のものにしました。軍の移動や人々の移住とともに、地方の料理が国中を旅したのです。都市の労働者の食べ物だったタコスは、やがて国民食の代表になりました。工業化によって、マサ・アリーナ(masa harina/トウモロコシ粉)も生まれます。1949年創業のマセカ(Maseca)などの製品によって、メキシコの外でもトルティーヤが作りやすくなりました。
20世紀後半には、アメリカへのメキシコ系移民からテクス・メクス(Tex-Mex)が生まれ、アレンジされたメキシコ料理が世界中に広まりました。日本のタコライスも、沖縄のアメリカ軍基地のそばで親しまれていたテクス・メクスのタコスがもとになっています。テクス・メクスはそれ自体ひとつの立派な料理ですが、「本当のメキシコ料理とは何か」という点では、誤解を生む原因にもなりました。
世界からの評価(2000年〜現在)
21世紀は、メキシコ料理が国際的に認められた黄金期です。2010年、ユネスコは伝統的なメキシコ料理を無形文化遺産に登録しました。その際には、ミチョアカン州の共同体に受け継がれてきた料理が、古くからの伝統の典型として示されました。
エンリケ・オルベラ(Enrique Olvera)が率いるメキシコシティのプジョル(Pujol)をはじめ、ダニエラ・ソト=イネス(Daniela Soto-Innes)やホルヘ・バジェホ(Jorge Vallejo)といったメキシコ人シェフたちが、メキシコを世界の美食の最前線へと押し上げました。プジョルは世界のレストランランキングの上位に何度も名を連ねています。こうした活躍によって、メキシコ料理は「ブリトーとナチョス」のイメージを大きく超えた評価を受けるようになりました。
本物への関心の高まり
長いあいだ、メキシコの外で「メキシコ料理」として出されていたものの多くは、テクス・メクスやかなり簡略化された料理でした。けれども近年は、本来の味を大切にする料理人や家庭料理の愛好家が世界各地で増えています。トウモロコシのトルティーヤと小麦粉のトルティーヤの違い、本格的なモレと市販のソースの違い、本場のタコス・アル・パストールと手軽なキットのタコスの違い。そうしたことに興味を持つ人が増えているのは、メキシコ料理の未来にとって何よりうれしい兆しです。
メキシコ料理は、食がその土地の歴史、地理、そして人々のアイデンティティを映し出すことを示す、生きた証です。ひとつのタコス、ひと皿のモレ、1枚のトルティーヤに、数千年にわたる伝統と工夫、そして文化の融合が詰まっているのです。

Recetas Mexas 創設者
メキシコ・プエブラ出身のITエンジニアで食べることが大好き。世界中の台所で作れるよう工夫した本格メキシコ料理のレシピを1,250品以上執筆。2018年からマドリード在住。
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