
メキシコ料理はなぜユネスコ無形文化遺産に?わかりやすく解説
2010年、メキシコの伝統料理はユネスコ無形文化遺産に登録されました。何が評価されたのか、和食との共通点、受け継ぐうえでの課題まで、わかりやすく解説します。
メキシコ料理は人類の遺産
2010年11月16日、メキシコの伝統料理は、ユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されました。同じ年には「フランスの美食術」と「地中海料理」も登録されており、料理や食文化が無形文化遺産として認められた最初期の例のひとつです。
日本の和食(Washoku)が登録されたのは、その3年後の2013年。和食と同じく、メキシコ料理も特定の料理名ではなく、食をめぐる文化全体が評価されました。この登録は偶然ではなく、長年の準備と、メキシコの食文化が持つ歴史的・文化的・社会的な奥深さを示した申請の成果です。
登録までの道のり
あまり知られていませんが、2010年の申請は最初の挑戦ではありませんでした。メキシコは2005年にも申請していますが、このときは登録に至りませんでした。提案の範囲が広すぎて、料理のどの部分を守ろうとしているのかが十分に示されていなかったと言われています。「メキシコ料理は大切だ」と訴えるだけでは足りず、それがなぜ、どのようにして独自の文化体系をなしているのかを示す必要があったのです。
その後、メキシコ料理文化保存会(Conservatorio de la Cultura Gastronómica Mexicana)を率いたグロリア・ロペス・モラレス(Gloria López Morales)氏らが中心となり、申請内容を練り直しました。鍵となったのは、ミチョアカン州の伝統料理を「代表例(パラダイム)」として示すという戦略です。メキシコ料理のすべてを網羅しようとするのではなく、具体的な一例を通して、ユネスコが守ろうとする普遍的な価値を示したのです。
ユネスコは何を認めたのか
大切なのは、ユネスコが認めたのは特定の料理やレストランではなく、ひとつの文化体系全体だということです。申請はミチョアカンの伝統料理を代表例としていますが、メキシコの伝統料理全体を表しています。認められたものには、次のような要素が含まれます。
- 受け継がれてきた農業技術:トウモロコシ、豆、カボチャを一緒に育てるミルパ(milpa)、湖に浮かぶ畑チナンパ(chinampas)、伝統的な種の選び方など。
- 調理の工程:トウモロコシのニシュタマリゼーション(アルカリ処理)、モルカヘテ(molcajete)やメタテ(metate)の使用、燻す・干す・発酵させる技術。
- 共有される知恵:食材、技法、レシピについての知恵。世代から世代へ、特に母から娘へと受け継がれてきました。
- 儀礼と祝祭:祭り、結婚式、洗礼、葬儀、宗教行事の中心にある食。
- 地域の結びつき:共同の台所、市場、祭りの世話役制度、食料生産の協同組合など。
ユネスコの基準とメキシコ料理
代表一覧表に記載されるには、5つの基準を満たす必要があります。メキシコ料理がそれぞれにどう当てはまるのかを見てみましょう。
- 無形文化遺産であること:メキシコ料理は、何世代にもわたって口伝えで受け継がれてきた実践、知識、伝統の集まりです。建物や物ではありません。
- 登録が無形文化遺産の認知を高めること:登録によって、メキシコ料理の奥深さが世界に知られ、テクス・メクス(Tex-Mex)や商業化されたアレンジとの違いが意識されるようになりました。
- 保護の取り組みがあること:在来種の種子の保護、伝統的な料理の担い手への支援、失われつつあるレシピの記録などが計画されました。
- 地域社会が参加していること:申請は、ミチョアカンの先住民コミュニティ、伝統的な料理人、市民団体の支持を受けて行われました。
- 目録に記載されていること:メキシコの食文化は、国内の無形文化遺産の目録に記録されています。
なぜ重要なのか
この登録の意味は、国の誇りにとどまりません。メキシコ料理が単なる「食事の方法」ではなく、持続可能な農業、植物の知識、宗教儀礼、社会の慣習、芸術表現を含む複雑な文化体系であることを、国際社会が認めたということです。
実際に登録をきっかけとして、在来種の種子の保存、伝統的なトウモロコシの品種の保護(メキシコには約60の在来品種群があるとされます)、消えつつある調理技術の再評価、伝統を守る先住民コミュニティへの支援などに注目が集まりました。
メキシコ料理を支える柱
中心にあるトウモロコシ
メキシコでトウモロコシは、単なる食べ物ではありません。メソアメリカの世界観の中心にあるものです。マヤの聖典『ポポル・ヴフ(Popol Vuh)』には、神々がトウモロコシから人間を作ったと記されています。メキシコの人々とトウモロコシの関係は、精神的で、文化的で、そして日々の食に深く根ざしています。メキシコはトウモロコシの起源地であり、多様性の中心地でもあります。
日本ではトウモロコシといえば黄色い品種がほとんどですが、メキシコには白、黄、赤、青、紫、黒、ピンク、さまざまな色が混ざったものまであります。品種ごとに味、食感、使い道が異なります。青いトウモロコシのトルティーヤと白いトウモロコシのトルティーヤは味が違い、オアハカの在来種で作るトルティーヤはまた別の味わいです。
ミルパ:数千年続く持続可能な農業
ミルパは、トウモロコシ、豆、カボチャを同じ畑で育てる混作の仕組みです。トウモロコシは豆のつるの支柱になり、豆は空気中の窒素を土に取り込んで畑を肥やし、カボチャの葉は地面を覆って乾燥と雑草を防ぎます。栄養面でも、炭水化物、たんぱく質、ビタミンを互いに補い合う組み合わせです。
工業的な農業に代わる方法が求められる今、ミルパは長い歴史に裏打ちされた持続可能な農業のモデルとして、世界の研究者や農業団体から注目されています。
比類のない食の多様性
メキシコは、世界に17ある「メガダイバース国家(生物多様性が特に豊かな国)」のひとつです。この豊かさは料理にも表れています。数多くの種類の唐辛子、約60のトウモロコシの在来品種群、数百種類の豆、そしてケリテス(quelites/食用野草)と呼ばれる多くの野生の食用植物が使われています。
世代を越えて受け継がれる知恵
メキシコの料理の知恵は、主に女性たちの間で、口伝えで受け継がれてきました。敬意をこめてマヨラス(mayoras)などと呼ばれる伝統的な料理の担い手たちは、何世紀も前からのレシピを守る存在です。こうした継承はもろく、ユネスコの登録はそれを守ることを目指しています。
ユネスコに登録されたほかの食文化
2010年以降、ユネスコはいくつもの食文化を無形文化遺産に登録してきました。ほかの例と比べると、メキシコ料理の特徴がよくわかります。
- フランスの美食術(2010年):食卓の作法、料理とワインの組み合わせ、前菜からデザートまでのコース構成など、祝いの食事という社会的な習慣が対象です。レシピよりも、食事の儀式に重きが置かれています。
- 地中海料理(2010年、2013年に対象国を拡大):オリーブオイル、穀物、果物、野菜を中心とした食のあり方が対象で、特定の料理ではありません。
- 韓国のキムジャン文化(2013年):冬に備えて家族や地域でキムチを漬け、分かち合う習慣です。
- 和食(2013年):自然と季節を尊ぶ心に結びついた、日本人の伝統的な食文化です。
- アルメニアのラヴァシュ(2014年):伝統的な薄焼きパンの作り方と、その文化的な意味が対象です。
- ベルギーのビール文化(2016年):ベルギーのビールづくりと、それを楽しむ文化です。
- マラウイのンシマ(2017年):トウモロコシ粉を練った主食をめぐる食文化です。
こうして並べると、メキシコ料理の登録の特徴は、その幅の広さにあると言えます。ひとつの料理や儀式、食のスタイルにとどまらず、農業、加工、調理、社会の儀礼、そして世界観までをひとつの体系として捉えている点です。和食と同じく、「食を通して自然や人とどう向き合うか」が評価されたと考えるとわかりやすいでしょう。
伝統料理が直面する課題
ユネスコへの登録は、メキシコの伝統料理が抱える課題に目を向けるきっかけにもなりました。
- 食の工業化:多くの地域で、工場生産のトウモロコシ粉が、手間のかかる伝統的なアルカリ処理に取って代わっています。
- 遺伝子組み換えトウモロコシ:輸入される遺伝子組み換えトウモロコシが、多様な食文化の土台である在来品種に影響を与えることが懸念されています。
- ファストフード:メキシコは清涼飲料水や加工食品の消費量が世界でも多い国のひとつで、伝統的な食習慣が揺らいでいます。
- 人口の流出:農村の若者が都市や国外へ移り住むことで、世代間の知恵の継承が途切れがちです。
- グローバル化:海外では簡略化・商業化されたメキシコ料理のイメージが広がり、長い歴史をもつ伝統が、ハードシェルのタコスやチーズたっぷりのナチョスに置き換えられてしまいがちです。
世界の食への影響
登録以降、メキシコ料理は世界的に再評価されています。各国のシェフがメキシコの技法や食材に真剣に向き合うようになり、伝統的なアルカリ処理でトルティーヤを作るレストランも世界各地に生まれました。メキシコの乾燥唐辛子は、各国の料理人の間でも注目を集めています。
日本でも、タコスやタコライスのような身近なメニューの先に、地方ごとの郷土料理や本来の食材に関心を持つ人が増えています。輸入食材店やオンラインショップで乾燥唐辛子やトウモロコシ粉を探し、家庭で本格的なメキシコ料理に挑戦するのも、もう特別なことではありません。
メキシコ料理を愛するすべての人へ
メキシコ料理が好きな人にとって、ユネスコへの登録は「もう一歩深く知ってみませんか」という招待状のようなものです。週末にタコスを作るだけでなく、一皿ごとの文化的な背景を知る楽しみがあります。アルカリ処理したトウモロコシでトルティーヤを作るとき、あなたは数千年続く伝統に参加しています。モレを作るとき、ふたつの世界が出会って生まれたレシピを再現しています。タコスに新鮮なパクチーをのせるとき、人類が共に守ると決めた食文化を受け継いでいるのです。
こうした背景を知ると、料理の作り方も味わい方も変わってきます。ただレシピをなぞるのではなく、もっと大きなものの一部になる。それこそが、ユネスコがメキシコ料理を無形文化遺産に登録して守ろうとしたものなのです。
メキシコ料理は、食べ物以上の存在です。歴史であり、アイデンティティであり、地域の絆であり、芸術です。そして今、それは人類みんなの遺産でもあります。

Recetas Mexas 創設者
メキシコ・プエブラ出身のITエンジニアで食べることが大好き。世界中の台所で作れるよう工夫した本格メキシコ料理のレシピを1,250品以上執筆。2018年からマドリード在住。
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